地震、台風、洪水、津波など、「災害大国」と呼ばれるほど日本は自然災害の多い国だ。「万一のために備えておかないと」と思いつつも、「いざとなったら、なんとかなるでしょ」と、後回しにしている人も多いのでは? そこで、国内外の被災地で災害レスキューナースとして活躍している辻直美さんに、災害の現実や備えておくべきことについて話をうかがった。

  • 1人暮らしのプチプラ防災術【首都直下地震は震度7! 災害の現実は?】/辻直美・国際災害レスキューナース

遺体の横で食事を摂る。それが災害現場

私が見てきた災害の状況を話すと、全員フリーズします。それくらい災害の想定が甘いと感じています。もしかしたら、東京在住の人は東日本大震災の経験を「被災」にカウントしているかもしれませんが、首都直下地震があの程度で済むと思ったら大間違い。

あの時の東京は震度5でしたが、首都直下地震は震度7と想定されています。近年は、台風や集中豪雨による大規模災害も毎年のように起こっています。新型コロナの状況もどうなるのかわかりません。今、備えておかなければならないのは、そういう「災害」に対してです。

「万一被災しても、避難所に行けば、ちゃんと自分のスペースが用意されていて、食事ももらえて、3日後くらいには世の中は日常を取り戻し始めて……」なんていうイメージを持っている人も多いですが、そんなことはまずないです。

そもそも、避難所にたどり着くこと自体が難しい。東日本大震災の時、被災地では瓦礫や遺体の横でたき火をし、食事を摂ったりしていましたよ。多くの人が、何十人という遺体を目にしながら避難所に向かったんです。

自衛隊員や救急隊員が「大丈夫ですか?」とマンツーマンで助けにきてくれると思っている人もいるかもしれませんが、これもまずありません。もし「さぁ、つかまって!」と彼らに手を差し出されたとしたら、それは、あなたが瓦礫に埋まっている時か、水に流されている時です。

災害現場ではトリアージ(救命の優先順位)を行いますから、私たち医療従事者は「この人、時間をかけても助からない」と判断したら、息があっても黒の識別札(救命が困難なため、治療の順序は後回し)をつけます。どれだけ家族に泣いて頼まれても、「ごめんなさい」と次の人の確認に行く。災害というのは、こういう過酷な状況になること。「生き抜きたかったら、自分で自分を守ること!」って話なんです。

  • 東日本大震災において津波で甚大な被害を受けた岩手県三陸町

災害本番に備えてよく歩き、よく学ぶ

災害時には「自助、共助、公助」が必要だとよくいわれますが、基本は自助です。新型コロナの件で実感したと思いますが、公助は、私たちの元に届くまでに時間がかかります。不足するとわかった途端マスクや消毒薬の買い占め、転売が起こり、譲り合いなんてほとんど見られなかったことを考えると、共助もあまり期待できない。それが現実です。

新型コロナでは、トイレットペーパーや生理用品なども長い間店頭から姿を消しました。震災後はさらに多くの物が手に入らない状態が何ヵ月間も続きます。しかも、新型コロナの場合と違い、水道や電気といったライフラインが止まっている可能性が高い。状況はさらに殺伐とし、強奪だって起こるようになるかもしれません。こうした事態を避ける意味でも、普段からいろいろ備えておくことが大事です。

また、ライフラインが使えないということは、ケガや病気になった時に十分な治療を受けるのが難しくなります。そのため、いかに災害時に怪我や病気をしないようにするかも重要なポイント。特に、一人暮らしの人は、万一の時に頼れる人がいませんから、より真剣に考えておいた方がいいでしょう。

避難所等へ移動する時は、恐怖と不安の中で足場が悪い道を進むことになります。平時以上に怪我をしやすくなります。普段から避難ルートを想定して歩き、道に慣れておくだけでもメンタル的に違います。「この自販機は固定されてないから地震が来たら倒れるかも」とか、「この道は海抜0m。じゃあ、水害時は避けた方がいいな」とか、いろいろ気付きもあるはずです。

災害はある意味、発表会みたいなもので、本番で最善の結果を出せるように、コツコツ準備し、練習することが大切です。まずはとにかく歩く! 体力をつける! 地震の揺れや火災の煙、水圧のすごさなど防災体験ができる施設もあります。ぜひ足を運んで、少しでもリアルに災害を経験しておいてください。

  • 万一に備えて、避難場所、避難所の位置も確認しておきたい。ちなみに、避難場所は地震などにより地域一帯が危険になった際に一時的に避難する場所。一定期間避難生活を送るための場所が避難所で、それぞれ違う場所が指定されていることもあるので注意が必要だ。

疑似避難生活で防災グッズに慣れる

経験が必要なのは、防災グッズも同様です。案外多いのが、用意するだけで満足して、安心してしまう人。どんなにいろいろ用意しても、本番でうまく使いこなせなければ意味がありません。そのため、防災グッズを揃えたら、ライフラインが止まったと想定して、一度それだけで生活してみることをおすすめします。

たとえば、一般的に1日に必要な水は大人1人あたり3Lとされています。3L分のペットボトルの水を用意して、それで1日過ごしてみる。1Lは、顔を洗ったり、食器を洗ったりする、最低限の清潔を保つための生活用水。2Lは飲んだり、料理に使ったりする飲料用水。

「そんなにたくさん使えるんだ」と思う人もいるかもしれません。しかし、挑戦してみると、3Lでは全然足りないことがわかります(先日、何も考えずに水を使ったら、1日で403L使っていました)。

体調を崩したりしたら問題ですから、不足したら追加しても構いません。生活するのにいかに水が必要か、普段どんなことにどれくらいの水を使っているかを自覚できれば十分です。「被災時に、どうすれば3Lで生活できるか」と、真剣に知恵を絞るようになると思います。

この他にも、水なしでも洗髪できるドライシャンプー、非常食、災害用トイレなど、どんどん試しておきましょう。「自分にはこれは不要」「これがあれば、より快適」「一般的な防災グッズには入っていないけど、自分にはこれが必須」なんていうものも具体的に見えてきます。自分の生活にあった、より充実した備えを実現できます。

  • 最初から防災グッズを大量に揃えるより、まずは手持ちのもので疑似避難生活を送り、必要だと感じたものを追加していく方が現実的。「わざわざ買わなくても、これで代用できる」といった、新しい発見もあるはずだ。