広瀬すず主演のNHK連続テレビ小説『なつぞら』(毎週月~土曜8:00~)で、アニメーターの仕事と子育ての両立に悩んでいたなつ。天陽の死を乗り越え、東京へ帰ってきたなつは、北海道の柴田家を彷彿とさせる『大草原の小さな家』のテレビアニメーションを作る決意を固めた。

『なつぞら』では、奥山玲子、高畑勲といった名アニメーターや演出家たちにインスパイアされたと思われるキャラクター像が生き生きと描かれてきた。また、『白蛇姫』を皮切りに、昭和史を彩ったアニメーション作品にオマージュを捧げた作品群も多数散りばめられている。脚本家の大森寿美男氏を直撃し、その制作秘話をうかがった。

  • なつぞら

    『なつぞら』広瀬すず演じる主人公・なつ

――なつたち東洋動画のアニメーターや演出家たちに、実話のエピソードはどのくらい盛り込まれているのでしょうか。

高畑さんたちの言葉はすごく参考にしましたが、一度、自分のフィルターを通し、違う要素を加えながら書いていきました。実在の人物を描くという意識ではなく、その人に近いけど、新しくオリジナルのキャラクターを構築しようと書いていきました。だから、モデルにしたというよりは、参考にしたという感じです。

――いろいろな人をミックスして完成したキャラクターということですね。

そうですね。僕のなかでは、いろんな人が合体したキャラクターになっていると思います。たとえば、高畑さんの著書も読みましたが、その中で高畑さんが影響を受けた人の要素も入っています。なつも奥山さんがモデルになっていると言われていますが、実はいろいろなアニメーターの方々の集合体でもあります。

もちろんなつを描く上で、女性アニメーターとして草分けになった奥山玲子さんという人も参考にさせてもらいましたが、奥山さんそのものを描くのではなく、奥山さんみたいな人を勝手なイメージで作っただけです。今回、アニメーションの時代考証に小田部羊一さんが入ってくださっていますが、なつの中には小田部さんの要素も入っていたりするわけです。

――なつはいろいろなアニメーション作品を手掛けていきますが、ついに柴田家を思わせる『大草原の小さな家』を手掛けることになりました。

昭和のテレビアニメにおいてエポックメイキング的なものにしたいと、当初から考えていました。言ってみれば、『アルプスの少女ハイジ』的な作品ですね。世界名作劇場の走りのような作品を、坂場やなつたちが一緒に作るということで、その舞台をどうしようかと考えました。そのまま『ハイジ』を作っても、ただのモノマネになってしまうし、物理的にできるかどうかもわからなかったので、なつたちが生きてきた十勝を舞台にしたアニメーションにしようと考えたんです。

――物語としては、とても説得力があると思いました。

ラストに向けて、何を作ろうかと悩んでいたところ、アニメチームが「十勝を舞台にしたほうが、作画としては勝ち目がある」と言ってくれたので、そうしようと決めました。

主人公が最後に自分の生い立ちめいた作品を作るという展開は、ドラマではよくあるパターンなので、あまりやりたくなかったんです。でも、今回は朝ドラ100作目ということで、逆に王道を最後まで貫いていいんじゃないかと。また、アニメーション制作・指導の刈谷仁美さんや、アニメーション監修の舘野仁美さんたちが十勝へ行って取材をしているので、十勝を描いたタイトルバックには、初めからそういう意図も含まれていたのかなと思いました。

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――クライマックスに近づいてきましたが、全編を通して、脚本上で一番苦労されたのはどの時代でしたか?

どのパートもスラスラとはいかなかったです。『なつぞら』は、なつがアニメーターとして成長していく物語ですが、全体としては、なつのホームドラマだと思って書きました。決してアニメーターのサクセスストーリーでも、なつの出世物語でもないんです。

北海道編があり、風車での新宿編を経てから、なつは坂場と結婚し、やっと自分のホームを作っていく。ただ、なつは基本的に孤独な人で、幼い頃に戦争で両親を失い、兄妹とも離れ離れになってしまい、喪失感みたいなものをずっと抱えて生きてきました。それがホームだけでは満たされず、表現というもので満たされていく、というのをドラマにしたかったのです。

ただ、僕は脚本家だから、自分で画を描いたりできないので、そのへんは、アニメーションのスタッフ陣と相談しながら、やっていきました。また、ドラマのなかでは無限に描けるわけではなく、限られた作画枚数で見せなければいけなかったので、そこが一番苦しかったです。

――当時はまだ珍しかった女性アニメーターの存在。女性の社会進出を描くドラマという意味では、どんなことを意識されましたか?

女性の社会進出というテーマに僕が踏み込むのは不安でしたが、いろんな人の意見を聞きつつ、取材もして、一生懸命考えて書いたつもりです。アニメーターという職業は、能力的にも男性に引けを取らないのに、当時は同等に扱われていなかった。なつは母親になってもアニメーターを続けていきますが、保育園の問題などは、現代と違わない悩みだと思います。そこを現代に置き換えて、共感しながら観てもらえた人には、なつの存在が励みになればいいなあと思います。

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■プロフィール
大森寿美男(おおもり・すみお)
1967年生まれ、神奈川県出身の脚本家、演出家、映画監督。ドラマ『泥棒家族』(00/日本テレビ)、『トトの世界~最後の野生児~』(01/NHK-BS2)で、当時史上最年少で第19回向田邦子賞を受賞。主なドラマの執筆作はNHK連続テレビ小説『てるてる家族』(03~04)、NHK大河ドラマ『風林火山』(07)、『悪夢ちゃん』(12/日本テレビ)、『64(ロクヨン)』(15/NHK)、『精霊の守り人』(16~18/NHK)など。2009年に『風が強く吹いている』で映画監督としてもデビューし、第31回ヨコハマ映画祭および第19回日本映画批評家大賞で新人監督賞を受賞。

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