米宇宙企業「ブルー・オリジン」を率いる、実業家のジェフ・ベゾス氏は2019年5月9日、同社が進める月開発計画の最新情報について発表。開発中の月着陸機「ブルー・ムーン」の実物大模型も初披露した。

ブルー・ムーンは、複数の観測機器や探査車などを月へ運ぶことができる能力をもち、さらに有人月探査にも使えるという。これにより、トランプ政権が目指す2024年の有人月着陸の実現と、ベゾス氏が構想する月の経済開発と宇宙植民に向けた礎になることを目指す。

  • ジェフ・ベゾス

    月着陸機「ブルー・ムーン」を発表する、ブルー・オリジンのジェフ・ベゾス氏 (C) Blue Origin

ブルー・オリジン

ブルー・オリジン(Blue Origin)は、Amazon創業者として知られる実業家のジェフ・ベゾス(Jeffrey Bezos)氏によって立ち上げられた宇宙企業である。創業は2000年で、イーロン・マスク氏率いるスペースXの創業よりも2年早い。

同社の、そしてベゾス氏の目的は「人類が宇宙に進出し、活動の場とするため」ということにある。さらにその背景には、「地球を守るため」という崇高な理念がそびえる。

ベゾス氏は、近い将来地球の資源やエネルギーは枯渇すると予想。その点、宇宙には太陽光から小惑星の鉱物まで、多くの資源やエネルギー源がある。とはいえ、人類にとっては地球以上に住みやすい天体はない。

そこで、重工業や鉱業といった産業を宇宙へ移し、地球には住居と軽工業を残すことで、地球の救済と人類の存続という2つの問題を同時に解決しようというのである。

その具体的な方法として、ベゾス氏はかねてより「スペース・コロニー」を実現したいと語っている。スペース・コロニーというと、日本では『機動戦士ガンダム』でおなじみであり、説明は不要かもしれない。円筒形の構造物を回転させることで、遠心力により内部に擬似的な重力を発生させ、そこに大都市を築こうというものである。もともとのアイディアは、米国の科学者ジェラード・オニール氏が考案したもので、「オニール・シリンダー」とも呼ばれる(ただし、オニール・シリンダーそのものの形状は、力学的、技術的に実現は難しいとされる)。

  • オニール・シリンダー

    ベゾス氏が構想するスペース・コロニー「オニール・シリンダー」の想像図 (C) Blue Origin

とはいえ、いきなりコロニーを建設するのは難しい。そこでベゾス氏は「自分の子ども、あるいは孫の世代で実現できるよう、まずはその礎を築く」という長期的視野に立ち、ブルー・オリジンを設立。「Gradatim Ferociter」(「段階的に、どう猛に」を意味するラテン語)というモットーの下、ロケットや宇宙船の開発を行っている。彼の本気度はかなり高く、自身が持つAmazonの株式を毎年10億ドル相当売却し、同社の資金に充てているほどである。

現在同社は、高度100kmの宇宙空間に人や科学装置などを運べるサブオービタルの観測ロケット「ニュー・シェパード(New Shepard)」の開発と無人の飛行試験を行っており、早ければ今年中にも有人飛行を行うことを予定している。また、大型の静止衛星などを打ち上げられる大型ロケット「ニュー・グレン(New Glenn)」も開発中で、2021年に初飛行が予定されている。

そして、これらに続く、そして宇宙植民に向けた次のステップとして計画されているのが、月着陸機「ブルー・ムーン(Blue Moon)」の開発と、それによる月の経済開発である。

  • ブルー・ムーン

    ブルー・ムーンの想像図 (C) Blue Origin

ブルー・ムーン

ブルー・ムーンは、地球を回る軌道から、月を回る軌道へ乗り移り、月面に軟着陸できる能力をもつ。打ち上げには、前述した開発中のニュー・グレンを使うほか、他のロケットでも打ち上げが可能だという。

月へ運べる貨物の質量は3.6tで、これは従来の月探査機などと比べるとかなり多い。貨物の搭載区画も多く用意されており、複数の小型衛星や、観測機器、探査車を同時に搭載し、月の軌道や月面に展開することができる。また、探査車を月面に下ろすためのクレーンなども装備している。

さらに、人を乗せて月に着陸し、さらに月から帰還できる能力ももったバージョンの機体も可能で、詳細は不明だが、搭載能力を6.5tに増やし、上部に「上昇機(ascent vehicle)」と呼ばれる帰還船を搭載するという。

着陸機の電力源には燃料電池を採用。月は14日ごとに昼と夜を繰り返しており、太陽の光が当たらない期間が長い。またブルー・オリジンは、月の南極にあるとされる水の氷を、資源として利用することを狙っているが、その氷は永久影と呼ばれる、1年中ほとんど日の光が当たらない場所に眠っていると考えられている。そこで、太陽光に頼らず安定した電力を作り出すため、太陽電池ではなく燃料電池を採用している。

  • ブルー・ムーン

    月に着陸するブルー・ムーンの想像図 (C) Blue Origin

ロケット・エンジンは、新型の「BE-7」を装備する。BE-7はまだ開発中で、今年夏ごろから燃焼試験を始めるという。

BE-7の推進剤には液体酸素と液体水素を使う。この組み合わせは比推力(効率)が高く、宇宙航行に向いている。

さらに、水を電気分解すれば酸素と水素が取り出せるため、将来的に月の水を採掘して推進剤にする、いわば現地調達することも念頭に置いている。くわえて、酸素と水素は燃料電池の燃料でもあるため、タンクを共有するなど構造を簡素化できる。またブルー・オリジンは、前述した小型ロケットのニュー・シェパードで液酸液水エンジンを開発、運用しており、そのノウハウも活かせる。

BE-7の最大推力は40kNで、またディープ・スロットリング、すなわち推力を最大からほとんどゼロに近いところまで、大きく可変させることができる能力ももつ。これは、ミッションごとに質量の異なるさまざまな機器を積んだ状態で、月面に軟着陸しようとする際には必須の能力である。

そしてBE-7の最大の特徴は、エンジンを動かすのに「デュアル・エキスパンダー・サイクル」と呼ばれる仕組みを使っているところである。通常のエキスパンダー・サイクルは、推進剤のどちらかを使ってエンジンの燃焼室やノズルなどを冷却し、その際に気化したガスを使ってタービンを回転。燃料と酸化剤の両方のターボ・ポンプを動かし、タンクからエンジンに送り込む。この仕組みは、構造が他のサイクルに比べると比較的簡素で、耐久性や安全性が高い。

BE-7が採用するデュアル・エキスパンダーはその応用型のひとつで、燃料は燃料、酸化剤は酸化剤で、それぞれ気化させたガスでそれぞれのタービンを回すことでターボ・ポンプを動かす。

この場合、配管やタービンが増えるため、やや重くなるが、燃料と酸化剤の配管を完全に分けられるため、どこかで推進剤が漏れて混ざり合って爆発するような危険性がないばかりか、それを防ぐためのパッキンなどの部品も不要になる。

また、とくに推進剤に液体酸素と液体水素を使う場合は、それぞれの特性が違うので、最適なターボ・ポンプの回転数が異なる。そのため、ひとつのタービンで両方のターボ・ポンプを動かそうとすると、間にギアを挟む必要があり、構造が複雑になり、故障の原因となりやすい。しかし、配管もタービンも完全に別のデュアル・エキスパンダーなら、本質的にそうした不具合も防ぐことができる。

  • BE-7

    ブルー・ムーンに装備されるBE-7エンジンの想像図 (C) Blue Origin