イスラエルの民間団体「スペースIL」の月探査機「ベレシート」が、2019年4月11日、月面着陸に挑んだものの失敗に終わった。成功すれば民間初で、また米国、ソ連、中国に続く4か国目の快挙となるはずだったが、叶わなかった。

それでも、民間の月探査機が月着陸の寸前まで到達した意義は大きく、今後の月開発ビジネスにとってはずみになるかもしれない。

  • 月面に向けて降下中のベレシートが撮影した写真

    月面に向けて降下中のベレシートが撮影した写真。手前の金色に輝いている部分はベレシートの機体 (C) SpaceIL

ベレシート

ベレシート(Beresheet、創世記)は、イスラエルの民間団体スペースIL(SpaceIL)が開発した月探査機で、世界初となる民間による月面着陸を目指していた。開発には、イスラエル宇宙庁、大手航空宇宙メーカーのイスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)もかかわっていた。

機体の直径は約2m、高さは約1.5m、打ち上げ時の質量585kg(そのうち燃料は435kg)で、太陽電池で駆動。ただしヒーターなどの熱制御装置をもっていないため、設計寿命は2日ほどと見積もられていた。

科学機器として、月の磁場を測るための磁力計と、米国航空宇宙局(NASA)が提供した、地球と探査機(月)との距離を測るためのレーザー反射鏡を搭載。また、聖書やイスラエルの国旗、歴史などのデータを収めた、デジタルの"タイム・カプセル"も搭載していた。

  • ベレシートの想像図

    ベレシートの想像図 (C) SpaceIL

ベレシートはスペースXの「ファルコン9」ロケットに搭載され、2月22日(日本時間、以下同)に打ち上げられた。

通常、地球から月へは数日で到達できるが、ベレシートはコストを抑えるために、別の通信衛星に相乗りする形で打ち上げられ、約1か月半ほどかけて月に近づくように飛行した。

そして4月4日には、月の周回軌道への投入に成功。月に民間の月探査機が到達したのは世界初で、またイスラエルはソ連(ロシア)、米国、日本、欧州、中国、インドに続く、6か国目に月に到達した国になった。

その後ベレシートは、軌道を変えつつ、着陸に向けた準備を進めた。そして、4月11日4時5分ごろから着陸運用を開始。月の表側の、北緯28.0度、東経17.5度を中心に広がる「晴れの海」の北部を目指して降下した。

ところが、月面高度14kmに達したところで、なんらかのトラブルが発生しスラスター(ロケット・エンジン)が停止。運用チームが地上からの操作で探査機のシステムをリセットしたところ、復旧し、スラスターの噴射を再開した。

しかし、スラスターの停止中に月の重力に引かれたことで降下速度が上がり、噴射を再開したものの減速が間に合わず、探査機は月面に激突。着陸は失敗に終わった。

  • ベレシートが撮影した最後の写真

    ベレシートが撮影した最後の写真 (C) SpaceIL

早くも2号機の開発が決定

故障の原因はまだ調査中だが、スペースILは早くも、ベレシートの2号機「ベレシート2.0」を開発する意欲を見せている。

また、イスラエルのネタニヤフ首相は「3年後に再チャレンジする際には着陸を成功させる」と、具体的な期限目標とともに意気込みを語った。

在東京イスラエル大使館は「『ベレシート=初めに』という名前の通り、これは始まりであって終わりではありません。イスラエルの月面探査史の幕開けです。スタートアップネーションらしく、視線はすでに未来へ向けられています!」とコメントしている。

また、さまざまな技術レースを主催している米国の団体「Xプライズ財団」は、大きな功績を残したことを祝し、スペースILに対して「ムーンショット賞(Moonshot Award)」を与え、100万ドルを贈ることを決めたと発表した。

Xプライズ財団の創設者でもあるピーター・ディアマンディス(Peter Diamandis)氏は、「スペースILは1億ドルという低予算と、50人以下のエンジニアのみで、月着陸機を開発しました。この能力は驚くべきことで、低コストな宇宙探査に向けた大きな一歩です。彼らは将来の宇宙産業にとって重要な功績を残しました」とコメントしている。

もともとスペースILは、Xプライズ財団が主催した民間による月探査レース「グーグル・ルナXプライズ(GLXP)」に参戦していたチームの1つだった。同レースは期限内に条件をクリアできるチームがなかったことから打ち切りとなったが、各チームはその後も独自に月を、そしてビジネス化を目指して活動を続けていた。

Xプライズ財団によると、このムーンショット賞は、GLXPなどXプライズの各レースの条件や制約などとは関係なく、大胆かつ挑戦的な技術的功績を残したチームを表彰することを目的とした賞で、GLXPの終了後も精力的に活動を続けたスペースILに触発されて創設したという。

今後も月探査にとどまらず、他の分野でも"ムーンショット的"な功績を残したチームに、同賞を贈ることを考えているという。

  • 月面に向けて降下中のベレシートが撮影した写真

    月面に向けて降下中のベレシートが撮影した写真 (C) SpaceIL

今後の月開発ビジネスにとってはずみになるか?

ベレシートの着陸は失敗に終わったものの、民間が開発した月探査機が、月着陸の直前まで到達した意義は大きい。

また、ベレシートを打ち上げたのが同じく民間のスペースXの「ファルコン9」ロケットだったという事実も合わせて、今後の月開発ビジネスにとってはずみになるかもしれない。

とくに米国では、「ムーン・エクスプレス(Moon Express)」など、スペースILとともにGLXPに参戦し、レース終了後も独自に月を目指して活動を続けている企業がいくつもある。そのうちの何社かは、早ければ今年中にも最初の月探査機の打ち上げを計画している。

また、米国航空宇宙局(NASA)も、こうした動きを支援する姿勢を見せている。すでに民間の宇宙機を使い、月にNASAの機器などを運び、科学探査や、水などの採掘などを行うことを目指した、「商業月輸送サービシズ(Commercial Lunar Payload Services:CLPS)」という計画が始まっており、企業の選定も行われている。さらに今年の春以降には、民間の宇宙船によって月へ宇宙飛行士を運ぶ計画と、その企業も発表される予定になっている。

こうした動きは、国家による月探査の時代が終わり、民間による月の経済開発が始まる時代の訪れと見ることもできよう。しかし一方で、月の経済開発はまだ具体的なビジネス・モデルが確立されておらず、持続可能なビジネスとして成立するかは未知数である。

ベレシートが拓いた民間による月探査の可能性が、月の経済開発の時代へ発展していくことになるのか。これからの世界の動きに注目が集まる。

参考:民間初、月面着陸に挑戦 - イスラエルの月探査機が打ち上げに成功

出典

Israel To The Moon(@TeamSpaceIL)さん | Twitter
SpaceIL Technology
Beresheet | The Planetary Society
XPRIZE Foundation Awards $1 Million ‘Moonshot Award’ To SpaceIL | XPRIZE

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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