公式戦29連勝という新記録を樹立した最年少騎士藤井聡太四段が、幼稚園時代に受けていたというモンテッソーリ教育。いったいどのような教育法だろうか? 駒沢女子短期大学名誉教授で、モンテッソーリ教育を実践する学校法人天野学園「愛珠幼稚園」(東京都世田谷区)理事長・園長として、長年この教育に携わってきた天野珠子先生のもとを訪ねた。

  • 近年話題の「モンテッソーリ教育」とは?

子どもは何かに夢中になる「敏感期」をもっている

モンテッソーリ教育とは、イタリアにおいて女性で初めて医学博士になったマリア・モンテッソーリ(1870~1952年)が障害児治療にあたる中で確立した教育法だ。「障害児にとって治療だけでなく教育が重要だと考え、医師になった後にローマ大学に再び入学し、教育学、哲学などを学んだ才媛です」と天野先生は話す。世界各地で行った講演内容の書き写しを弟子や医者の息子が理論としてまとめ、その教育内容が受け継がれたそうだ。

モンテッソーリ教育は、子ども自身が持っている力を存分に発揮し、意欲をもって興味あることに集中し続けることで、物事に自発的に取り組めるようになる力を育むものだ。マリア・モンテッソーリ博士は、子どもから大人への発達プロセスである0歳から24歳までを4つに分け、特に大きな変貌をとげる第1期0~6歳の環境が大事だと唱えた。

この時期に子どもが大人に求めている手伝いとは、「自分一人でできるようになることへの配慮」だと博士は語る。親や教師は、子どもの代わりにすべてやってあげるのではなく、子どもが一人で上手にできるようになるために環境を整え、失敗を見守り、必要な時に相応しい手助けをすることが重要だという。

発達過程の乳幼児は"成長したい"という強い欲求で行動する。例えば、1歳前後の子どもは何度転んでもまた歩こうとするように「ある時期のある事柄に強い欲求は現れます」と天野先生は説明する。

この時期を「敏感期」と呼び、敏感期にふさわしい環境が与えられることで「子どもは集中し、成し遂げたいという強い要求をもち、自立につながります」と天野先生は続けた。その環境の一つがモンテッソーリ教育の特徴的な教具で、子どもの発達に応じてどのタイミングにどういった教育が必要かを考えて設計されている。

5つの領域に分かれたユニークな教具で五感を刺激

愛珠幼稚園は年齢別のクラス分けではなく、他の多くのモンテッソーリ園と同じように3~6歳までの異年齢での縦割り保育を行う。オリジナルの教具は、「日常生活の練習」「感覚」「言語」「数」「文化」と5つの領域に分かれ、五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)を刺激する構造になっている。教具を手で使って深く集中する体験が、知能を高め、高度な発達に役立つと考えられているそうだ。

教具は全体的にカラフルな木製や金属製、布製などが多い。例えば「日常生活の練習」の教具は、ピッチャーに入った色水を異なる小さな入れ物2つに注いで分ける「色水つぎ」や毛糸針と糸を使って色画用紙に描かれた図案に沿って糸を通す「ぬいとり」などバラエティに富んでいる。

  • 日常生活の練習の教具「色水つぎ」。ピッチャーに入った色水を形の違う2つの入れ物にこぼさないように注ぐ

  • 日常生活の練習の教具「ぬいとり」。色画用紙に描かれた図案に沿って穴をあけ、毛糸針を使って糸を通す

「言語」の教具の一つ「絵カードあわせ」は、イラストと文字が同じ面にプリントされたペアになるカード類だ。特に感覚教具や数教具などは、国際モンテッソーリ協会の認定を受けた教具で、長さや高さ、重さ、音の高低などに誤差がないように正確に製作されている。

  • 言語の教具「絵カード合わせ」。ペアを見つけ、文字が付いたカードの下に同じ絵柄のカードを合わせる

オリジナル教具を使用した活動で自立を促す

愛珠幼稚園ではモンテッソーリの教具を使った活動時間が最も多いのは3歳の年少児で、「日常生活の練習」を中心に「感覚」や「言語」、「数」に加え、「文化」の中でも初歩的な音楽や美術などの教具を使う。5~6歳の年長児になると、「文化」の生物・地理・歴史という過程に進むことができるという。

教具は子ども目線でわかりやすく分類し、決まった棚に保管されていて、子ども自身が出したり片づけたりするのがルールだ。ただ、いずれも子ども自身の興味関心で教具を選択するので、卒園までに使用する教具の個人差はある。「教具はあくまでも自立のための手段の一つです」と天野先生。

教具に加えて重要なのが、モンテッソーリ教師資格をもった先生の存在だ。個々の興味関心と発達状況に応じて、適切な時期に適切な教具を紹介する専門知識をもっている。教具の中には、使用する段階が決まっているものもあるため、子どもの「これがやりたい!」という希望に対して先にやるべき教具を提案することもあるそうだ。適切な教具の提案のためには、常日頃から個々の子どもを観察することが不可欠だそうだ。

「モンテッソーリ教育は、英才教育や私立小学校受験のための教育ではありません」と天野先生は話すが、小手先の受験テクニックよりもずっと大事な人間形成の基盤を培ってくれる教育といえるのではないだろうか。

※画像はイメージ

天野珠子さん

駒沢女子短期大学名誉教授。学校法人天野学園「愛珠幼稚園」理事長・園長を務めながら、NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所理事長、日本モンテッソーリ協会(学会)副理事長として、学会運営にも携わる。モンテッソーリ教師養成のために日本で最初に創立された「上智モンテッソーリ教員養成コース」に入学、出産を経て4期生として1974年に卒業。1974年より保育の現場にモンテッソーリ教育を導入するかたわら、短期大学の保育科で保育者を数多く養成。常に「理論」と「実践」の2本柱で日本のモンテッソーリ教育の普及に従事してきた。