東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)ならびに、東京大学、国立天文台、米国プリンストン大学、台湾中央研究院天文及天文物理研究所(ASIAA)などで構成される国際研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ HSC(ハイパー・シュプリーム・カム)の観測データから、ダークマターがどこまで銀河などの宇宙の構造を作ったかを決める宇宙の基本定数を、世界最高級の精度で測定することに成功したと発表した。

同成果は、Kavli IPMUの日影千秋 特任助教、同 大栗真宗 助教、同 高田昌広 教授(主任研究員)、国立天文台の浜名崇 助教、インド天文学天体物理学大学連携センターのSurhud More 准教授(Kavli IPMU客員科学研究員)、カーネギーメロン大学のRachel Mandelbaum教授らによるもの。研究成果は9月26日付でプレプリントサーバ「arXiv」に掲載され、今後、「日本天文学会欧文研究報告(Publication of Astronomical Society of Japan:PASJ)」に投稿され、専門家による査読が行われる予定。

宇宙のダークマターの空間分布を高精度で復元

宇宙の全エネルギーの約95%を占めるといわれるダーク成分。それを構成するダークマターやダークエネルギーの正体は依然としてよく分かっておらず、その解明に向けて、世界中でさまざまな観測が行なわれている。

今回、研究チームがすばる望遠鏡を用いて行なった研究もそうしたものの1つで、重力レンズ効果によって生じる観測対象の銀河の歪みの効果を測定することで、宇宙のダークマターの空間分布の解明を目的として行なわれた。

具体的には、2016年4月までにHSCで観測された、プロジェクト全体の約11%に相当するデータの解析を実施。研究チームが、「宇宙の国勢調査」と称したこの作業では、銀河の大小に関わらず、手前のダークマターにより、必ず重力レンズの影響を受けている(弱い重力レンズ歪み効果)ということを踏まえ、小さな銀河の形状も定量化するなど、約2年間にわたって、宇宙の膨張なども考慮しつつ、約1000万個以上の銀河の形状をカタログ化。この結果、高精度な3次元のダークマター地図を作成することに成功したほか、この地図の断面を宇宙の進化と照らし合わせることで、各時代におけるダークマターの分布や量などが判明したという。

  • 年代別のダークマターの分布

    HSCのデータを元にした銀河カタログから、重力レンズ効果を測定し、各年代ごとに復元を行ったダークマターの地図。青色の濃淡がダークマターの分布を表している (C)HSCプロジェクト/東京大学/国立天文台 (出典:Kavli IPMU発表資料)

3次元ダークマター地図

世界最高級の精度で宇宙の基本定数を決定

さらに、観測で得られたダークマターの構造の凹凸を銀河の歪み具合から算出した結果、0.3%の歪みの違いを算出。この凹凸の具合をシミュレーションと比較。その結果、ダークマターの総量と現在の宇宙で銀河などの構造をどこまで作ってきたかの度合いを表す宇宙の基本定数(S8)は、3.6%と、重力レンズ効果を用いた手法では、世界で最高クラスの精度で決定することに成功したという。

  • ダークマター構造の凹凸の大きさの観測とシミュレーションによる比較

    観測とシミュレーションのダークマター構造の凹凸の大きさ比較 (C)HSCプロジェクト/東京大学/国立天文台 (出典:Kavli IPMU発表資料)

この結果は、欧米で進められているほかの重力レンズ効果を用いた観測結果と同等以上の結果であるものの、欧州のプランク衛星の測定結果におけるS8と比べて、若干小さいことが、先行研究と同じく示されており、研究チームでは矛盾はないとしつつも、宇宙の標準模型を超える新たな物理を考える必要があることを示唆するものである可能性があるともしている。

  • 今回の研究の主な成果
  • 今回の研究の主な成果
  • 今回の研究の主な成果
  • 今回の研究の成果。赤色の部分が、HSCの重力レンズ効果の測定結果が支持する宇宙模型の物理パラメータの測定結果。濃い赤が95%の信頼区間、薄い赤が68%の信頼区間。横軸は現在の宇宙のエネルギーに占める物質(主にダークマター)の割合、縦軸は基本定数S8。(C)HSCプロジェクト/東京大学 (出典:Kavli IPMU発表資料)

1400億年は無事であり続ける宇宙

加えて研究チームでは、ダークエネルギーの時間的進化の調査も実施。ダークエネルギーは時間進化の量がアインシュタインが導入した宇宙定数(W=-1)よりも離れるほど、宇宙の終焉(宇宙のすべての物質がばらばらになる)と言われる「ビッグリップ(Big Rip)」が起きると言われているが、今回の研究では、95%の確率で-1.08よりも大きいという下限が判明したとのことで、ほかの観測結果と組み合わせると、少なくとも宇宙は今後1400億年ほどは、ビッグリップが起こらないという結論を得たとする。

9月26日追記:記事初掲載時、観測で得られた宇宙定数の下限につきまして、-1.81としておりましたが、正しくは-1.08となりますので、修正させていただきました

  • ダークエネルギーの時間的進化の調査結果

    ダークエネルギーの時間的進化の調査結果 (C)HSCプロジェクト/東京大学 (出典:Kavli IPMU発表資料)

今回の観測結果は、同プロジェクト全体の11%ほどのデータを用いたものであり、プロジェクト全体として得られたデータすべてを活用できれば、標準宇宙模型にほころびがあるかどうかを明確化できる可能性があるとするほか、研究チームでは、そのほころびを調べることで、新たな物理や、ダークエネルギーの時間進化の理解などが促進されることが期待されると説明している。

  • 今回の研究結果を踏まえた将来展望

    今回の研究結果を踏まえた将来展望 (C)HSCプロジェクト/東京大学 (出典:Kavli IPMU発表資料)

さらなる進化に向け、機能強化が進むすばる望遠鏡

なお、すばる望遠鏡では現在、さらなる銀河の場所や位置などの調査に向けた新たな分光器「Prime Focus Spectrograph(PFS)」の設置が進められており、これにより、宇宙の見えない空間自身のダークマターやダークエネルギーの調査も可能になることから、「宇宙のゲノム計画」(Kavli IPMUの村山斉 機構長)が可能になるとする。

ただし、村山機構長は、PFSの活用で得られる成果に期待を示す一方で、年々、すばる望遠鏡の運転予算が減少していることに対し、「宇宙の運命が決まる前にすばるの運命が決まってしまう」という表現で危機感を抱いていることを表明。それでも、そうした心配もある中で、大きな夢を掲げ、世界をリードして、宇宙の運命を明らかにするという高いモチベーションが維持されていることも強調。「ダークマターの正体や、ダークエネルギーの変化が見える、という日本発の観測的宇宙論が今回の成果を機に、成立しそうな流れとなっていることから、今後もさまざまな成果に期待してもらえるようになってきた」と、日本が宇宙分野で世界をリードして、宇宙の成り立ちと、その運命を明らかにすることができるようになってきたことに対して、これから得られる成果に期待してもらいたいとしていた。