アメリカ航空宇宙局(NASA)は、国際宇宙ステーション(ISS)内に今年5月末に設置した極低温実験装置Cold Atom Laboratory(CAL)にて、「ボース=アインシュタイン凝縮」と呼ばれる極低温原子雲の生成を開始したと発表した。ボース=アインシュタイン凝縮は、原子の集団が巨視的レベルで量子力学的にふるまう現象であり、これが軌道上の宇宙空間で実現されたのは今回がはじめて。地上の実験設備と比べると、微小重力下ではボース=アインシュタイン凝縮の持続時間を容易に延ばすことができるという。

  • 温度低下にともなう原子雲の密度変化のグラフ

    温度低下にともなう原子雲の密度変化のグラフ。温度が130nKよりも下がったあたりから現れる鋭いピークがボース=アインシュタイン凝縮を表している (C) NASA/JPL-Caltech

CALの設備を使って、ルビジウム原子を絶対零度(-273℃)より1000万分の1度だけ高い100nK(ナノケルビン)まで冷却し、ボース=アインシュタイン凝縮の状態を作り出した。このような極低温条件下では、多数のボース=アインシュタイン凝縮状態の原子が、粒子的ではなく集団的な波としてのふるまいを見せるようになる。この状態では多数の原子が同一の波動関数をとるようになり、個々の原子を区別できないので、原子雲全体が1つの「超原子」のようなものになっていると考えられる。

この現象は1925年に物理学者のサティエンドラ・ナート・ボースとアルベルト・アインシュタインによって予言され、1995年になってはじめて実験によって実現された(2001年にノーベル物理学賞を受賞)。気体、液体、固体、プラズマという物質の4状態のどれとも異なる第5の状態とも呼ばれている。

量子力学では、原子のような物質粒子も、粒子としての性質と波としての性質をあわせもっているとされるが、波としての原子の性質が観測されるのは、通常はミクロな系に限られる。一方、ボース=アインシュタイン凝縮では、原子の波の性質が巨視的なレベルで現れるため、実験観察が行いやすいという利点がある。

ボース=アインシュタイン凝縮を作り出すには、磁場や集束レーザーなどを用いた原子トラップが使われる。地上の実験では、原子トラップが解除された瞬間に冷却原子に重力が働くため、極めて短い時間しかボース=アインシュタイン凝縮の観察ができない。

一方、ISSの微小重力環境下では、一度に5~10秒程度という長時間にわたってボース=アインシュタイン凝縮が実現できる。CALの設備では、このようなボース=アインシュタイン凝縮の実験観察を1日に最大6回まで繰り返すことができるとしている。

  • CALを構成している2つのコンテナ

    CALを構成している2つのコンテナ。大きい方のコンテナにボース=アインシュタイン凝縮の生成装置が格納されている (C) NASA/JPL-Caltech/Tyler Winn

  • ボース=アインシュタイン凝縮生成装置

    「physics package」と呼ばれるボース=アインシュタイン凝縮生成装置 (C) NASA/JPL-Caltech/Tyler Winn

通常、ボース=アインシュタイン凝縮の実験には一部屋分の空間を埋めるほどの装置が必要で、研究者による常時監視が要求される。CALの実験設備では、これを小型の冷蔵庫サイズまで縮小しており、宇宙飛行士の負担を減らすため実験は地上からの遠隔操作で行えるようになっている。

原子トラップ内で原子雲を減圧すると、その温度は気体の状態方程式に従って低下する。トラップ内に原子雲がとどまる時間が長ければ長いほど温度はより低くなる。微小重力下のボース=アインシュタイン凝縮では、地上の実験では実現できない極めて低い温度を作り出せるため、未知の量子現象などが発見される可能性もある。

今後は、ルビジウム原子のボース=アインシュタイン凝縮に加えて、カリウム原子の同位体2種を用いたボース=アインシュタイン凝縮の実現も計画されているという。