東北大学は、洪水に適応し、背丈を急激に伸長させて生き延びることができる「浮きイネ」を制御する鍵遺伝子を発見し、その分子機構と起源を明らかにしたと発表した。同研究成果により、長期間、洪水が続いても生存可能なイネ品種の開発や、環境に応じてイネの背丈を人為的に制御する技術の確立が期待されるという。

水没に対する浮きイネの草丈の伸長(出所:東北大学ニュースリリース)

水没に対する浮きイネの草丈の伸長(出所:東北大学ニュースリリース)

同研究は、東北大学生命科学研究科の黒羽剛助教、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの芦苅基行教授らと、米国コーネル大学、理化学研究所、農業・食品産業技術総合研究機構、産業技術総合研究所、埼玉大学、東京大学、神戸大学、九州大学との国際共同研究によるもので、同研究成果は、7月13日付で米国科学雑誌「Science」オンライン版に掲載された。

東南アジアでは、毎年雨期になると水かさが数メートルにもなる洪水が発生し約4〜5ヶ月続くこともあるため、ほとんどの植物は生きていけない。しかしその中で、バングラデシュをはじめとしたアジアの洪水地帯で栽培される「浮きイネ」は、完全に水没してしまうような洪水が長期間続いても、急激に草丈(イネの身長) を伸ばして水面から葉を出し生き延びることができる。この伸長能力は非常に高く、時には草丈が数メートルに至るほどだが、その詳細な仕組みや起源については明らかになっていなかった。

  • 浮きイネの水没に応答した草丈伸長のメカニズム(出所:東北大学ニュースリリース)

    浮きイネの水没に応答した草丈伸長のメカニズム(出所:東北大学ニュースリリース)

そこで同研究チームは、浮きイネの水没に応答した草丈の伸長に関わる鍵遺伝子が「SD1(SEMIDWARF1)遺伝子であることを突き止めた。イネは水没すると、植物ホルモン「エチレン」を発生し体内に蓄積し、続いてタンパク質「OsEIL1a」が蓄積し、これがSD1遺伝子に働き掛けてSD1タンパク質を多量に生産させることがわかった。SD1タンパク質は、植物の草丈を伸長させる機能を持つ植物ホルモン「ジベレリン」を合成する酵素タンパク質で、浮きイネのSD1タンパク質の酵素活性は、一般的なイネのものよりも圧倒的に高いことも判明した。また、一般的なイネは主にGA1と呼ばれるタイプのジベレリンを生産するが、浮きイネのSD1タンパク質は、GA1よりもGA4と呼ばれる、より強く草丈の伸長を誘導するタイプのジベレリンを約20倍生産する能力を持つことが明らかになったという。

  • イネの草丈とSD1遺伝子の関係(出所:東北大学ニュースリリース)

    イネの草丈とSD1遺伝子の関係(出所:東北大学ニュースリリース)

さらに、浮きイネのSD1遺伝子を手掛かりにして起源を調べたところ、南アジアや東南アジアに生息していた一部の野生イネにおいて生じた変異に由来することが明らかになった。SD1遺伝子は別名「緑の革命遺伝子」とも呼ばれ、この遺伝子の機能を喪失した「半矮性イネ」は、ジベレリンの含量が低下することで草丈が低くなり、強風や豪雨でも倒れにくくなる。1960年代以降、この機能喪失型のSD1遺伝子(sd1)を保持した系統が数多く作出された。これらの系統は倒伏せず高収量であるため、アジアで広く利用された(緑の革命)一方、浮きイネはSD1遺伝子の機能を逆に強化させることで、洪水時に急激に草丈を伸ばすことができるようになったと言える。

今後は、同研究成果を応用することで、高収量の浮きイネ品種の開発や、様々な環境変化に応じてイネの草丈を調整する技術の確立が期待されるということだ。