インターネットイニシアティブ(IIJ)は5月15日、日本貿易振興機構(JETRO)の公募事業である「日 ASEAN 新産業創出実証事業」(元委託者は日・ASEAN経済産業協力委員会事務局)において「IoT導入による養殖事業の生産性向上プロジェクト」が採択されたと発表した。

同プロジェクトは、タイのエビ(バナメイエビ)養殖場にIoTセンサを設置し、水温・溶存酸素・pHなど水質環境情報を自動で収集するとともに給餌や水替えなど職員が行った作業をデータとして登録することで水質環境の変化と作業の相関関係を可視化し、作業効率や生産性の向上を目指す。

4月から実証実験を開始しており、養殖事業におけるIoT活用の有用性を検証した上で2年以内に事業化することを目的としている。

IIJ グローバル事業本部 グローバル事業開発質 担当部長の大谷壮史氏は「養殖エビの生存率は6割程度であり、4割は収穫前に死んでしまう、また、伝染病が起きると全滅するリスクもある」と指摘。

  • IIJ グローバル事業本部 グローバル事業開発質 担当部長の大谷壮史氏

    IIJ グローバル事業本部 グローバル事業開発質 担当部長の大谷壮史氏

従来からタイにおいて養殖業は重要な輸出産業であり、一次産業のGDP比は10%弱だが、雇用に占める割合はASEANの中でも高く、水産資源は輸出総額の4%となり、CPグループやThai Unionなどの大企業が水産業にかかわっている。その中でもエビは世界の生産高が6%、輸出は8%を占めている。

しかし、近年では生産性の向上による競争力強化が求められており、タイ政府はノウ水産業にもICT活用による高付加価値化を志向しているという。

同氏は「われわれでは、これまで日本国内で培ったIoTサービスの知見や農業分野におけるLPWA実証の実績、ASEANにおける養殖業の市場規模などを総合的に判断し、今回の事業に応募した」と、事業を開始するまでの経緯について触れた。

現状のタイにおけるエビ養殖事業は、水質環境の把握と変化への対応が作業員の知見に依存するところが大きく、過剰な水循環・給餌コストの発生、エビの成育過程での大量のへい死が生じる場合があるなど、水質環境コントロール・作業行程の適正化が課題になっている。

同プロジェクトでは、IoT技術を活用して水質環境を監視し、作業内容と水質環境の相関関係を明確化させることで、適切に水質環境をコントロールし、作業の効率化、適切な生産量の確保につなげることを目指す。

大谷氏は「病気の防止や水質環境の改善が養殖事業者にとって重要な課題であり、リアルタイムに水質をモニタリングすることで適時に水質改善や病気への対応が可能になる」と、強調する。

LPWAを活用した実証事業

具体的には水質環境情報を収集し、遠隔で監視できるIoTシステムを構築。イの大手水産加工事業者グループのエビ養殖場(タイ王国パンガ県)にて実証実験を行う。同社によると、エビはBroodstock、Hatchery、Nursery、Grow-out Pondと段階を経て成魚に成長するが、今回の実証ではNurseryからGrow-out Pondのエビが対象だという。

自動で水質環境情報を取得し、アプリケーションを通して遠隔で監視すると同時に、飼育作業の記録により作業状況も可視化することで、水質環境情報と作業工程の相関分析を実施。

水質環境の維持やエビ成育のための最適な作業行程をシステム側で導き出し、作業にフィードバックすることで生産性の向上を実現する。また、システム導入に伴うコストと作業員の運用負荷、生産コストの削減効果、生産性向上などシステム導入による効果を明確化し、ビジネス面での採算性を検証する。

IoTシステムは、水質管理用センサとネットワーク/クラウド、水質確認・作業管理用アプリケーションで構成。

  • 全体イメージ

    全体イメージ

水質管理用センサはイオン選択性電極法のイオンセンサをエビの養殖槽に設置し、水温・溶存酸素・pH・アンモニウムイオン・亜硝酸イオンなどの水質データを自動で取得する。

  • センサの設置イメージ

    センサの設置イメージ

ネットワーク/クラウドは、センサ情報の収集には、低消費電力で長距離通信をカバーできる無線通信技術「LPWA(Low Power Wide Area)」の1つで低コストでの運用を実現する「LoRaWAN」を利用。

LoRaWANでセンサから収集した水質データは、IIJグループが提供するIoT向けグローバルSIM「Vodafone IoT SIM」を経由し、タイで関連会社が提供するクラウドサービス「Leap GIO Cloud」上に集約する。

水質確認・作業管理用アプリケーションは、pHやイオンなどの水質環境情報を参照するため、タイのIT事業者のLoxleyが開発。

PCやタブレット、スマートフォンなどで水質情報の確認を可能としているほか、給餌、調整剤投与、水替えなどの飼育作業を入力できるため、飼育作業記録を可視化することが可能。実証実験ではAIを活用し、水質環境と飼育作業の相関関係を分析することで、養殖事業における作業効率、生産性の向上を図る。

プロジェクトの実施体制は、タイの大手水産加工会社はエビ養殖場の提供やコスト測定など、IIJはプロジェクト全体管理、システム仕様策定、AIプラットフォームの構築など、Loxleyはセンサシステムの構築、アプリケーション開発などを、それぞれ担う。

具体的な実証事業のスケジュールは4月~7月はシステム構築、8月にシステム完成、養殖場へのセンサ設置、データ取得・可視化に取り組み、実証実験を開始する。そして10月から蓄積データの分析とインサイトの抽出、2019年3月に実証期間が終了し、有用性を評価。その後、同4月からはASEAN地域の養殖業への横展開と養殖業に限らない水産業に展開していく方針だ。

  • 実施スケジュールの概要

    実施スケジュールの概要

大谷氏は「これらの取り組みにより、歩留まり率を前年比15%の向上と生産コストを同7.5%削減することを目指す」と、意気込みを語っていた。

  • 実証で目指す数値目標

    実証で目指す数値目標

また、IIJ グローバル事業本部 グローバルプロフェッショナルサービス部 テクニカルマネジャーの菊池隆吾氏は「水産養殖の生産性向上はタイだけでなく、ASEAN全域で潜在需要が大きいため、タイをモデルにベトナムやインドネシア、ミャンマー、マレーシア、フィリピンなどに横展開していく」と力を込めた。

  • IIJ グローバル事業本部 グローバルプロフェッショナルサービス部 テクニカルマネジャーの菊池隆吾氏

    IIJ グローバル事業本部 グローバルプロフェッショナルサービス部 テクニカルマネジャーの菊池隆吾氏