VR/MR/ARの第一線で活躍しているトップランナーの講演やパネルディスカッションが繰り広げられた「Wacom Creators' Symposium」。4月24日に東京・秋葉原で開催された同イベントでは、ゲームやエンターテインメント、インダストリアル関連での講演が多かったなか、「VR×脳波の可能性」という意外な切り口での講演に注目が集まっていました。

「VR×脳波の可能性」と題した講演を行ったのは、国立研究法人脳情報通信融合研究センターに所属する成瀬康博士。ウィットに富んだ講演は、来場者に笑いを呼び起こすなど、フランクな雰囲気のなか行われました。

  • 国立研究法人脳情報通信融合研究センター(CiNet)に所属する成瀬康博士

ヘルスケアやエンタメに、脳波の新たな活用法

成瀬博士の研究室では、脳情報通信技術をどのような環境でも使えるように進歩させることで、人々のQoL(quality of life)の向上を目指しているそう。

そもそも、我々が脳波を計測するのは脳ドックや頭部に強烈な衝撃を受けた時など、ほんの僅かな限られた機会しかありません。しかも、従来の脳波計測では脳波を読み取る電極を取り付ける際にベタベタとした伝導性のペーストを塗らねばならず、面倒さもつきまとっていました。

そういった面倒さを解消したモバイルワイヤレス脳波計などにより、自宅でのヘルスケアはもちろん、教育やマーケティング、エンターテインメントといった様々なシーンで脳波を応用できないかを研究しているといいます。

  • 脳波の利用シーンを拡大するべく研究されている成瀬博士。昨年秋に開催された「CEATEC JAPAN 2017」の国立研究開発法人情報通信研究機構、通称「NICT」ブースでもウェアラブル脳波計としてその研究成果が展示されていました

「Right」と「Light」の違いを認識する脳波

じつはVRと脳波の可能性については、以前から研究が成されていると成瀬博士。講演では、2000年代後半に一世を風靡したLinden Labの「Second Life」上で闊歩するアバターを脳波によって動かす研究が行われており、慶應義塾大学の牛場潤一氏らの研究で成果が上がったとのこと。しかし成瀬博士は「脳波を使うならば『脳に聞かなきゃわからない』」情報を利活用することをコンセプトとして研究を行っているそうです。

その一例として、"Right"と"Light"という、日本人が聞き分けし辛いとされている発音の認知において、本人は聞き分けできていない場合であっても、脳はその違いを認知している(波形が異なる)ことなどが紹介されました。そこに、ゲーム要素を加えて反復練習を行うと、被験者は"Right"と"Light"を聞き分けられるようになったとのことです。

  • 成瀬博士が取り組む"VR×脳波の可能性"に対する研究は、脳に聞かなければわからない情報を抽出することでポテンシャルを最大化することにあるといいます

  • 日本人が苦手とされている"L"と"R"の発音の違いも、じつは脳ではその差異を認識しているという。脳波上で明確にその差が現れるよう学習訓練したら能力は向上するのか実験を行ったところ……

  • 学習以前と比較して正答率が向上したという結果が得られたそうです

ゲームに熱中? それとも冷めてる? 脳波で推測

また、脳波を読み取ることでゲームへの没頭度も類推することができるようになると成瀬博士。ある実験では、野球ゲームを被験者にプレイしてもらい脳波を計測。そして空振りストライク、見逃しストライク、ボールの3つのイベントをキーに脳波計測を行った結果、空振りストライクとなった際に脳が強く反応を示したといいます。

さらに、点差によって同じ空振りストライクであっても被験者の感情に差があることがわかったそうです。冗談めかしながら成瀬博士は、例えばガチャ等のゲームシステムにおいてこの感情の波を脳波から読み取れれば、プレーヤーが入れ込んでいるのか熱が冷めているのかを伺い知ることもできるのではと語っていました。

  • 研究室で実際に脳波計を装着しゲームをプレイ。写真右にある3つのイベントに注目して脳波を計測したとのこと

  • 写真左のスライドはバッター側プレーヤーの脳波を計測した波形で、強く脳波に現れたのは空振りストライクになったケースだったそう。写真右は同じ空振りストライクになったケースで、得失点差によって反応が異なるのかを見たところ。試合が拮抗している場面ほど、強く悔しさが現れるそうです

さて、では脳波とVRへの取り組みはというと、現在鋭意取組中だとのこと。しかし、VRという環境だと身体の動き等で脳波にノイズが入り込みやすく、VRならではの難しさもあると成瀬博士はいいます。

しかし、VRであればその空間上で"女性とすれ違う"といったイベントを発生させ、そのイベントに紐付けられた脳波データをピックアップすることも可能になるため、脳波の解析によりプレーヤーの心に響くキャラクターの創造や、より印象的な出会いのシーンを演出することも将来的には可能になるかもしれません。

そう考えを巡らせていくと、ユーザーが真に心を揺さぶられるコンテンツを楽しめる世界がやってきそうでワクワクさせてくれます。

  • 会場内に出展していたイメージエンジニアリングのプロフェッショナル集団クレッセントやワコムとも「脳波×○○」の研究を行っている成瀬博士