松坂桃李の主演映画『娼年』(三浦大輔監督)は、女性に体を売る青年を描き直木賞を受賞した石田衣良の小説の映画化で、その設定が世間をざわつかせた。

経済的な理由により女性が体を売る商売を行うことが問題視されたり、映画などで女性が衣服を脱ぎ身体をさらすことを女優として文字通り一皮むけたと注目されたり、ヌード写真集を出すことが芸術か否かと物議を醸したりしているなかで、男性である松坂桃李が、体を売る商売を行う青年役を演じ、裸体をさらしまくることで話題になることは、なんてフェアな行為であることか。世の中には、女性にお金を出してもらうホストという仕事や、裸になったりセクシャルな表現を売りものにしたりする男性もいるにもかかわらず、女性のことばかりが取りざたされるのもおかしな話だからだ。

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    松坂桃李

女性たちに寄り添っていくリョウ

松坂桃李演じる主人公リョウは、女性とのつきあいに何の価値も見いだせずにいたが、あるときから、女性に体を売る仕事をすることになる。ここで出会った女性はお金持ちだが、ワケありの人が多く、リョウはそれぞれの独特の性癖に向き合い、彼女たちを満足させることに勤しむうちに、表面的でなく心から、ひとりひとりの女性の心に寄り添っていく潜在能力に目覚めていく。

……と書くと、ものすごくロマンティックで美しいお話のようにも思えてしまうが、出て来る女性たちの求めるものは、どれもどこか滑稽で、だからこそ、誰にでも、裸以上にさらけ出せるものではなく、この人と思った人にしか見せられない。松坂桃李演じるリョウは、“この人”と白羽の矢が立つ存在で、みごとにその要望を叶え、売れっ子になっていく。

一皮むけた松坂桃李

この映画で、松坂桃李は世の女性と同じく、俳優として一皮むけたと思う。その根拠となる部分は、ふたつある。

まず、イメージの刷新だ。

近年の松坂は、女性の敵のような役がハマっていた。嘘つきの遊び人のエリート医師を演じた『エイプリルフールズ』(15年)にはじまり、エリート医師ならともかく、中身もないのに受け売りの情報で女を騙すクズ男を演じた『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年)など、松坂は知的な二枚目という雰囲気を生かして、見る者を鮮やかに裏切ってきた。『娼年』では、女性に体を売るという一見、背徳的に見えながら、じつは最も女性の味方になるという役を演じって小気味よかった。

芸能を聖職のように美化することなく、人の欲望を一身に背負う仕事であることを達観して淡々とやっている俳優のひとりに斎藤工がいるが、松坂桃李が彼と並ぶ2大俳優であると思う。2人の共通点は、唇である。彼らの肉感的で、少しだけ暗い血の色をして、その奥に何か深遠なものを湛えているかのような唇は、人間の欲望は気高さと堕落を行き来していることを示しているように見える。

影法師のように

ふたつめは、身体表現の技術だ。

女性を喜ばせるときの彼の所作もまた、黙って立ったり横たわったりしていれば、鍛え上げられた身体に素敵な照明で陰影がつき、じつに素敵だが、一生懸命になればなるほど滑稽に見えていく。とりわけ、大殿筋の震えはすばらしかった。身体を意識的に操りエンターテインメントに昇華するという、パフォーマーとしての才能を開花させたといえるだろう。

言葉数少なく、演技しています! という気負いも見せず、にもかかわらず、圧倒的に、なかなか手が出せない意義深い役を演じていく松坂桃李。なんとも不思議な俳優だ。俳優デビューは戦隊もので、“イケメン俳優”と呼ばれる若い俳優たちの登竜門であり、世間の認識は自ずと“イケメン俳優”のひとりとなった。だが、自身でも語っているように、インタビューなどでキャッチーな発言もしないし、どこか冷めているようなところがあって、“イケメン俳優”枠に収まらない空気を漂わせてきた。そんな彼だからこそ、ふつうはファンがショックを受けそうな、女性の敵のような役もやってのけるのだろう。爽やかさや健全さが売りのひとつである朝ドラの『わろてんか』(17年)で、主人公(葵わかな)の相手役をやっている最中も、映画『不能犯』で悪役をやり、さらに、朝ドラが終わった直後に『娼年』をやって、イメージを固定化することをひらりひらりと交わしていった。

そもそも、朝ドラ『わろてんか』では、途中で亡くなったにもかかわらず、毎週土曜日に幽霊として登場し、主人公を励まし、最終回も、幽霊なのに生きている主人公との2ショットで終わったという前代未聞のファンタジー朝ドラの立役者となったのだ。

松坂桃李は、まるで影法師のようだ。常に人間に寄り添い、人間の光に照らされている面とは違う、環境によって形も変えていくような面を演じ続ける俳優。いつまでもミステリアスに蠢き続けてほしい。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。)