7日、午前10時にAppleの直営ショップ「Apple 新宿」がオープンした。開店を待つ行列は9時半の時点でおよそ1,000人まで伸び、ストアの入っているマルイの敷地をはるかに超え、副都心線の高島屋方面の出口近くまで届く勢いであった。

  • 9時半の時点でこの状態

Apple 新宿は、米国サンフランシスコの「Apple Union Square」や、シカゴの「Apple Michigan Avenue」のような「タウンスクエア(広場)」型の店舗だ。このタイプのストアが日本でオープンするのは初めてのことである。「広場型」を謳うだけあって、コンセプトは「街を訪れた人がふらりと集う場所」。オープン当日は、このコンセプトが見事に結実しているように思われた。限定グッズのプレゼントこそあれ、特価セールやLucky Bagが用意されてるわけでも何でもないのに、どうしてこんなに多くの人が集まるのだろうか?

  • 続々出てきて列の人々とハイファイヴを交わすスタッフ

開店10分前、ビルのエントランスからスタッフが次々出てきて走り出し、列の人々とハイファイヴ。出てきたのは10人や20人ではない。総勢160人とアナウンスされたスタッフ、全員が来場者を迎えたのだ。まるで映画のワンシーンを切り取ったような光景で、これまでのApple Storeの取材で見たことのない感動的な場面であった。

  • スタッフと行列の人たちが一緒になってカウントダウン

そして、開店一分前、店長の萩野昭仁さんがドアを開け、行列の人々に感謝の言葉を述べると、カウントダウンが始まった。店内のスタッフはもちろん、行列の人たちも一緒になって「10、9、8……」と叫んでいる。

  • 大歓声とともに先頭の人から順に入店

カウントダウンが終わると、大歓声とともに行列の先頭の人から順に入店していく。店内はスタッフがハイファイヴと笑顔で迎え入れてくれ、この日のために用意した箱入りの特製Tシャツとピンバッジを渡してくれた。さすがに1,000人以上の行列をいっぺん収容するのは無理なので、入店制限をしながらという応対となっていた。入店希望者の間でもトラブルなく、お行儀よく順番を待つ。何か問題生じて、行列作るの禁止と言われたら、自分たちの楽しみが奪われてしまうということを、皆、きちんと理解しているのだ。

  • 先ごろ発売となった第6世代iPadはもちろん、Apple製品は一通り揃っている。本邦初登場のセンサーで開閉する電源タップも

Apple 新宿では、iPhoneやiPad、MacなどのApple製品やBeats by Dr. Dreのヘッドホンやスピーカー、その他サードパーティのアクセサリを豊富に取り揃えているが、ここは単に製品を売るというだけではない。前述のとおり、コンセプトは「街を訪れた人がふらりと集う場所」なのだ。だから、コミュニティスペースとしての役割を担う。

  • 来場者には限定の箱入り特製Tシャツとピンバッジをプレゼント

筆者が取材したApple Union SquareやApple Michigan Avenueでスタッフはこんなことを言っていた。「極端な話、何にも買ってもらわなくても良いんです。ふらっと立ち寄ってくれて、世間話して帰っていただいてOK」と。つまり、ここで重要なのはストアの体験そのものなのである。単に在庫が豊富ですよというだけなら、人々が押し寄せるのは新製品が出たタイミングくらいしかなくなるだろう。千客万来という状態を生み出すにはそれだけではダメなのだ。モノを売って売りっぱなしでなく、購入してからも、あるいは購入する前から、ストアと顧客の関係性の構築が大事という考えがそこに横たわっている。

  • フォーラムで寛ぐ人々。特別なセッションが開催されているわけでもなく、ただそこでオープンの喜びを分かち合ってるだけ

コミュニティスペースとして機能させるために、Apple 新宿にも「フォーラム」を設置した。フォーラムとは、古代ローマの都市で、元老院、神殿などの公共施設がおかれたオープンスペースを指すのだが、Apple Storeのフォーラムでは、Appleが「現代版の公共広場」と位置付けるToday at Appleのセッションが実施されるのである。

  • GarageBandを使った音楽制作のセッションが実施されていた

Today at Appleのセッションは、オープン当日も用意されていて、筆者が伺った時間にも、GarageBandを使った音楽制作のワークショップが行われていた。このセッションも定員が埋まる参加者数で、開店に先立っての、Appleからのメッセージがよく伝わっているという印象だ。

  • 行列の先頭グループの福岡在住の男性(左)と東京在住の男性。東京在住の男性はApple Watchの新バンドを購入していたが、福岡在住の男性は一番乗りだったのに、何も買わずにストアを出たという。二人ともこの場所で新しい友人ができたら嬉しいと話していたのが印象的だった

この「現代版の公共広場」では、利用者同士、ストアのスタッフ、ゲスト講師とApple Storeに集まる全ての人々がコミュニケーションを深める場としての活用も期待される一方、もう一つ、筆者は先日シカゴで開催されたスペシャルイベント"Let's take a field trip."で打ち出された新スローガン"Everyone Can Create"の実践の場として発展する可能性を指摘しておきたい。

"Everyone Can Create"は学校教育の現場で、クリエイティブな表現を取り入れる新しいカリキュラムとして提唱されたものだが、「学び」の場は「学校」だけとは限らない。Apple Storeもそういった役割を果たせるはずなのだ。教材は揃っているわけだし、教員レベルの知識を有するスタッフも実際に存在するし、客員教授と言っていい人を呼ぶことだってできる。オルタナティブな学校としての存在を示すだけのポテンシャルは秘めているのである。

ここで、フルクサスのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスの「人はみな、『社会』を彫刻するアーティストである」という言葉が思い出される。人はクリエイティブに学び続けられ、社会合意を形成し、コミュニティを築き、分断でなく連帯を選んで生きていくのである。Apple Storeの役割はこういったアイディアを敷衍していくことにその本質があるのだ。

  • AppleのCEO、ティム・クックとリテール担当シニアバイスプレジデント、アンジェラ・アーレンツのTwitterの投稿

最後にAppleのCEO、ティム・クックとリテール担当シニアバイスプレジデント、アンジェラ・アーレンツのTwitterの投稿を紹介しよう。ティムは日本語で「ぜひ遊びにきてください」と、アンジェラは「これは始まりにすぎない、日本ではさらに新店舗のオープンが待っている!」とメッセージを送っている。今後もApple Storeの展開から目が離せまい!