情報通信研究機構(NICT)は、複雑な周波数逓倍(ていばい)処理を必要としない小型原子時計システムの開発に成功したと発表した。これにより、人工衛星や基地局に搭載されていた周波数・時刻標準である原子時計を、スマートフォン(スマホ)などの端末に搭載することが期待されるという。

同成果は、NICT 電磁波研究所の原基揚 主任研究員、東北大学大学院工学研究科 機械機能創成専攻の小野崇人 教授、東京工業大学科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の伊藤浩之 准教授らによるもの。詳細は、マイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)に関する国際学会「The 31st IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems(MEMS 2018)」にて発表された。

  • 原子時計

    圧電薄膜共振子を用いた発振器の写真 (出所:情報通信研究機構Webサイト)

高精度な同期網の構築には、日本標準時にも採用されている原子時計の高精度化はもちろんのこと、この原子時計を搭載した通信ノードを拡充していくことも重要だ。そのためには、携帯端末を含むすべての通信ノードへの原子時計の搭載が理想的だが、原子時計は大きさ、重さ、消費電力において可搬性に乏しく、GPS衛星や無線基地局など、ごく一部への搭載に限定されているのが現状だ。

原子時計は、ルビジウムなどのアルカリ金属元素のエネルギー準位差から得られる共鳴現象に、外部のマイクロ波発振器を同調させるように制御することで、安定な周波数を外部に提供する。またマイクロ波発振は、低周波の水晶発振器を基に、周波数逓倍処理を行って得るのが一般的だが、この方式を原子時計に採用すると、ボード面積と消費電力の大部分をマイクロ波発振器に費やすことになる。

研究チームは今回、原子時計の小型化に向け、GHz帯で良好な共振が得られる圧電薄膜の厚み縦振動に着目し、この振動を利用することで、水晶発振器と周波数逓倍回路を必要としないシンプルなマイクロ波発振器の開発に成功した。これにより、原子時計システムの大幅な小型化と低消費電力化が実現され、市販の小型原子時計と比較した場合、チップ面積を約30% 、消費電力を約50% 抑制することが可能になったという。

  • 原子時計

    小型原子時計の動作概略とマイクロ波発振器の構成 (出所:科学技術振興機構Webサイト)

また、アルカリ金属元素から共鳴を取得する場合、アルカリ金属は気体状態にあることが必要となり、窓の付いたケースに封じ込めて、レーザによる観察を行う必要がある。しかし、従来のガラス管を利用する方法では小型化と量産性に課題があった。そこで今回、半導体プロセスで製造可能な小型のルビジウムガスセルを独自に開発し、小型ガスセルを、先のマイクロ波発振器と組み合わせて同調動作(原子時計動作)させた結果、平均時間1秒における短期周波数安定度2.1×10-11の原子時計動作が確認された。

研究グループはこれらの成果に関して「原子時計システムを小型・低消費電力化し、今まで人工衛星や限られた通信基地局にのみ搭載されていた原子時計を、スマートフォンなどの汎用通信端末に搭載することを可能にするもの」と説明している。これにより、高い同期精度が求められるセンサ・ネットワークからの情報取得や、GPS電波が安定しない厳しい環境でのロボット制御(屋内ドローンや潜水システム)などへの応用が期待されるとのことだ。

なお同グループは今後、デジタル制御系の簡略・省略化に着手し、さらなる低消費電力化を、2019年をめどに実施するほか、高密度実装に適した光学系を有するガスセルの開発も進める予定だとしている。